蔵元日記

 
  2007年11月28日 (水)
ドリームハウスと佐渡の夢 [蔵元寄り道日記]  入力者: 尾畑留美子

佐渡生まれの企業でサンアロー株式会社という、携帯電話のキーシートなど高技術な商品製造で国際的に活躍している会社があります。海外にも拠点を持ち、グローバルな展開をしている佐渡のリーディング・カンパニーの一つです。

社長の駒形さんは、とてもユニークな発想を持っていて、今や大きな会社に成長したサンアローを、佐渡の将来のために役に立てようと、いろんな試みをしています。

その一つが「ドリーム・ハウス」の建築です。これはなんと発泡スチロールで建てたドーム型のハウス。加賀の和菓子屋さんの発明だそうです。今年の夏に駒形さん社長からすでに構想は聞いていたのですが、和菓子屋さんが家作りというギャップはもちろん、発泡スチロールの家、というちょっと冗談かな、と思える不思議な話に「はぁ・・・」と煮え切らない返事をお返しした記憶があります。

しかしながらそれから数カ月が経った昨夜、完成お披露目の日を迎え、いそいそと出かけてまいりました。
小山を奥に入っていくと、そこには大きくそびえるドーム型の物体が!
少し異様ながら、近づくにつれなんとも可愛い丸〜い姿が窓から洩れる灯りに照らされていきます。玄関を入ると、まるで雪で作ったカマクラを思わせる温かさに溢れていて、出席者の皆さんも感嘆の声をあげていました。思ったよりも全然広いし、玄関ホールに洗面所に会議室などなど、どこに目を向けても曲線に包まれた空間はほのぼの癒しの場でありました。

昨日は、ここの中央メインの会議室を利用しての晩餐会。
佐渡うちはもちろん、新潟や東京、はては海外からのゲストも駆けつけてのアットホームなパーティになりました。

駒形社長は、このドリームハウスを憩いの場、交流の場としてみんなに利用してもらい、そして佐渡からの発信の地として、これから役立てていきたいと抱負を頂きました。

ちなみに、このお家は特別仕様ということもあり、普通のお家が一軒建ってしまうお値段だそうですが、標準仕様もあるそうです。
施行が短時間でできるそうですし、ドリームハウスの名のごとく、曲線に囲まれた部屋はリラックスした気分にさせてくれ、普段とは違う”夢”の発想が生まれてきそうです。
しばらく年月はかかるかもしれませんが、いつかコストが下がって、災害時の緊急支援にも役立つといいな、と思った次第です。

”ものつくり”を極めて、故郷の未来に生かす。
こんな素敵な企業がある佐渡って、いいですよね。

(尾畑留美子)

*サンアローの素晴らしい活動の一つに、インターンシップがあります。この夏の模様を、もう一社、アイマーク環境の活躍とともに下記にご紹介致します!

「見えない壁」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年9月12日掲載)

 「カマス理論」−−水槽にカマスと餌の小魚を入れて、間をガラスで挟みます。餌を取ろうと何度もガラスに当たるうちにカマスは学習し、ガラスをはずしても餌を取ろうとしなくなります。
 狭い水槽の中で固定観念や常識という枠にとらわれ、”見えない壁”を自ら作って挑戦することを諦めてしまう、というお話です。
そんな”見えない壁”を打破する勢いで、この八月、佐渡のアイマーク環境とサンアロー化成の共同開催による地域密着型のインターンシップ(就業体験)が実施されました。参加したのは北海道から沖縄、そして海外は中国よりの大学生十三人。佐渡の文化、自然、歴史に触れながら就業体験し、地元の人や島内経営者との交流を通して学ぶ十日間のプログラムは、学生たちの「なんとなく」取り組むつもりだった就職への意識を変えるきっかけになったそうです。
 この制度を昨年から始めたアイマーク環境の村山由貴男社長は「カマス理論」を説きつつ、学生たちにまず佐渡を知ってもらい、その広い可能性を認識してほしいと言います。村山さんの試みは、離島という地理的特徴をマイナスに捉えがちな”見えない壁”を乗り越えた積極的なアプローチ。その気持ちに応えるかのように、学生たちは発見を繰り返し、行動することの大切さを学び、人との絆を築いていきます。
 期間中、彼らと接する機会にあった私も、自らの”見えない壁”にハッと気が付き、背筋を伸ばして大きく深呼吸。地球希望で環境やものつくりを考えるべき時代、”見えない壁”を乗り越える勇気をもてば、どこにいようと広い世界が見えてくるに違いないのです。
 「カマス理論」の続きですが、水槽に新しいカマスを入れ、そのカマスが元気に餌を食べると、他のカマスも一斉に餌を食べ始めるそうです。インターンシップを終えて、佐渡への就職を検討している学生も数人いるとのこと。再び佐渡に戻って、そんな元気なカマスの役割を担うかもしれません。(終)
 
 
  2007年11月25日 (日)
新潟物産展 [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子

日本橋三越にて11月20日から本日、25日まで「新潟物産展」が開催されておりました。今年で9回目を迎えるという同展。当社も数年前から参加しておりますが、毎回すごい熱気に包まれる会場に驚いています。
今回私は前半を担当。出展業者の中にはよく知っている新潟の方々もたくさんいらっしゃるので、毎年楽しみに参加しています。

こういう地方の物産展というと、やはり北海道や京都が人気だと聞いています。しかしながら、新潟の物産展も根強い人気。
もちろんお酒やお米もありますが、他にもお醤油やお味噌、海産物、おもち、栃尾の油揚げ、スィーツなどなど、ここには書ききれないくらいの産物や加工品が所狭しと並び、会場のそばに近づくにつれいい匂いに誘われるのです。

今回は短い日程の担当だったのですが、その間にいろんな方が顔を出して下さいました。また、情報を見て会場に足を運んでくださった方々もたくさんいらっしゃって、嬉しい限りです。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!

こういうイベントやプロモーションでは、お酒の試飲をしながら選んで頂けるのもいいところなのです。お好みのタイプや、今夜のお食事の内容なども聞きながら、いくつかおすすめを試して頂くのが楽しいですね。会場内では新潟産のおいしいものがたくさんありますから、お酒と今晩の食事を合わせてお求め頂けるのも魅力であります。

さてさて、国内での物産展は各地で開催されておりますが、実は海外でもこういう地方の物産展が最近開かれていて人気です。
新潟県が開催したものでは、数年前の韓国や中国、また大きな食品市にブースを出すという意味では、台湾やタイなどもあります。
アジア圏だけではなくて、ニューヨークなどの先端都市でも最近は地域の食材やお酒がグループになって、物産の紹介イベントを開催しているようですから、世界中で日本の食材、そして地方の特産品が知られてきている証拠ですね。
こういう時には造り手も実際に海を渡って会場で食材の説明をすることが多いですから、目の前で自分たちが造ったものを海外の人たちがおいしく召し上がって下さる姿に触れて、大きな喜びを持って帰って次なるエネルギーになっていることと思います。
手造りの小さな会社のものでもきちんと伝わるのです。

今回の物産展の後半は会社の売店にいる寿美子嬢。
実は、交代する日に天候悪化のために船が止まってしまい、てんやわんやでした。お酒の荷物も止まってしまい、こういう時は島を囲む海に虹の橋でも掛からないかな・・・と願ってしまいます。
なんとか到着した寿美子嬢は疲れも見せずに頑張っている様子。
明日、佐渡に戻ってくる予定です。

この日記もしばらくお休みしてしまいました。
出張中はパソコンが手元にないため、ついお留守になってしまいます。
軽〜いパソコン、探そうかな・・・。

(尾畑留美子)

 
 
  2007年11月17日 (土)
日本酒のテロワール "Sake and Terroir" [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子
当蔵のモットーは「四宝和醸(しほうわじょう)」。酒造りに欠かせないと言われる、「米」「水」「人」に、これらを育む「自然風土」を加え、四つの宝を和して醸すという意味です。当社の家紋「四つ目」のデザインにもつながる象徴的な言葉として心しています。
この「自然風土」というのは、もちろん、新潟・佐渡の郷土そのものです。酒はその歴史や文化全体で語られるものであり、また、私たちも「新潟清酒」であることに誇りをもっています。

最近、この郷土の自然風土について考えさせられることが続きました。
一つは映画「モンドヴィーノ」。ワインの世界において“テロワール”(葡萄を取り巻く気候風土や土壌)は、それがワインの味わいを決定することもあり、とても重要な要素であります。このテロワールをおびやかすワイン産業界のグローバル化と、それに対比しての小さな生産者を描いたワイン界の裏側が垣間見れるドキュメンタリーです。
なんだか日本酒業界にも通じるエピソードも数多くあり、思わず日本酒のテロワールを考えさせられた一本でした。
実際、地球温暖化の影響で、冬の気温は上がり、原料の生産などについても変化が起きているのです。

もう一つはアメリカ人の友人からの質問。ワイン・ジャーナリストでもある彼からの質問はやはり「日本酒のテロワール」についてでした。
私なりの答えを、新聞に連載していたエッセイの最終回に書かせて頂きましたので、下記ご参照下さい。

この中ではさらりと触れただけの「米」「水」「人」についても、本当は新潟ならではのストーリーがあります。(「越淡麗」「新潟の軟水」

エッセイの中でも書いているように、本当の答えは見つけたわけではありませんし、正解があるかどうかもわかりません。
それでも、一つだけ確実なのは、当蔵の「四宝和醸」の一つである佐渡の「自然風土」が「真野鶴」を育んでいるということなのです。

(尾畑留美子)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「日本酒のテロワール」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年10月31日掲載)

 ワイン用語で「テロワール」という言葉があります。専門的には難解で解釈も広いのですが、一般的には日本語で「葡萄を取り巻く気候風土や土壌が、ワインの風味に与える影響」などと訳されます。
 グローバリゼーションの時代を迎え、醸造技術の発展とともに大量生産が可能になり、世界標準化が進んできました。そんな中、小さな生産者は産地の地域性による特徴にこだわって差別化をはかり、このテロワールは昨今さらに注目を集めています。
 一方、同じ醸造酒である日本酒は、発酵過程が複雑なことなどから、ワインにおける葡萄ほどには原料である米の特徴が明確に出るわけではないため、単純に比較することはできません。
 しかし、本県では「淡麗」と表現される新潟独自の美酒を育み、日本を代表する銘醸地として「地酒王国」の名を築いてきた長い歴史があります。
 柔らかな風味を生む新潟ならではの軟水。構想15年をかけた期待の酒米、越淡麗の開発。蔵人養成の清酒学校の存在。オール新潟の酒造りや醸造環境の保護をめざし、1997年、全国に先駆け有志によって設立された「新潟清酒産地呼称協会」。さらに来年五回目を迎える、県内外五万人以上の来場者で賑わう一大酒イベント「酒の陣」の開催。水・米・人に関することはもちろん、この地の酒に「新潟」の意味付けをもたせ、酒文化や郷土文化の発信に努めています。
 テロワール・・・この神秘的な言葉を日本酒に当てはめ意味を解くことは、ここではあまり意味がないかもしれません。
 大事なことは郷土が生む酒を誇りに思い、その価値を追求する終りのない旅そのものにあります。そして私たちの新潟清酒は郷土・新潟とともに進化、発展し、多くの人々に愛されてきました。
 新潟が酒を醸し、その酒がまた新潟を語り続けていくのです。(終)

"Sake and terroir"

In the world of wine, we often come across the term `terroir`.
The concept of terroir is quite complex to define, however, it may be simplified as `the ecological conditions (climate, soil) surrounding the region where the grape is grown, and the overall effect it has on the wine that is produced.`

As we are living in the age of globalization, new brewing techniques and superior technology have allowed for the mass production of wine to be shipped across the globe.
In order to compete, smaller wineries have taken to concentrating on brewing wine from grapes under the particular conditions of their regions, thus creating unique, one of a kind wines.

For sake, on the other hand, the concept of terroir may not be incorporated as easily as with wine. Rice, the main ingredient in sake production, undergoes a complex fermentation process, heavily altering its nature. Thus, the unique characteristic of the rice does not have as much an impact on the end product when compared to the importance in relationship between the grape and wine.

However, we, sake brewers in the Niigata prefecture, have a long history of being known for producing sake that reflects the unique characteristics of our region.
The sake from Niigata, labeled the `Kingdom of Jizake (regional sake)`, is especially known for having a unique quality known as `tanrei`.
`Tanrei` may be defined as `delicate, gentle and smooth`.

There are many reasons behind the prestigious reputation we have achieved.
For one, our climate has contributed to the availability of fresh water streaming down snow capped mountains, ideal for sake production.
After 15 years of trial and error, we have created a special rice grain, Koshi-Tanrei, specifically for producing Niigata’s sake.
We have built a school in 1984, providing higher education for sake brewers, teaching brewing techniques and familiarizing them with new technology.
In 1997, we established the Niigata Original Control, the first organization in the nation with the sole objective of sake quality maintenance and overseeing brewing conditions to guarantee that only the best sake is produced.
We are also the organizers of an annual sake event, `Sake-no-jin`, where over 50,000 participants from across the nation gather to enjoy pairings of regional cuisine and sake.
We have worked diligently to distinguish and give meaning to sake produced in Niigata. In doing so, we have learned to brew sake that truly reflects our region.
Though it may be difficult to apply the concept of terroir to sake, I believe it is most important to take pride in the sake produced by each unique region, and set out on a never ending journey to perfect it.
Our Niigata’s sake has been developed and growing harmoniously with Niigata, and it has been loved by many people.
Niigata has been nurturing sake and sake memorize Niigata. And then, as it has always been, our sake will speak for Niigata.

Rumiko Obata
From my essay published in Niigata Nippo newspaper (2007.10.31)

 
 
  2007年11月14日 (水)
玉川堂とのコラボ酒器 [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子

お酒を飲む器が好きで、いろいろと集めています。
高価なものや立派なものはないのですけど、いろんな色や形のものを買って飾ってあります。東京から蔵に戻る時も、友人たちがいろんな盃を記念にとプレゼントしてくれたので、そんな大事なものも飾ってあります。器によってお酒の味わいは変わりますから、気持ちの余裕がある時にはいろいろ出してきては燗酒をつけて楽しんでいます。

そんな私にとてもうれしい酒器が誕生しました。
新潟の燕にある無形文化財に指定されている工房「玉川堂(ぎょくせんどう)」とのコラボ盃です。

この玉川堂の玉川基行社長をご紹介いただき、一緒にお酒の器を作りましょう、という光栄なお話が始まったのが今年の7月のことでした。
当社の「真野鶴・万穂」の味わいや雰囲気に合わせた酒器を、ということになり、試作品をつくったりしていたのですが、先般やっと実物が完成しました!
ゆるやかな曲線で出来た器は、手にもった時に大きすぎず小さすぎず、重量感も重すぎず軽すぎずの心地よさ。香りもおだやかに広がる具合が優しいです。冷酒でもお燗でも温度変化が少ないのも魅力。そして何よりも美しい器です。
この器には、当社の「四宝和醸」の家紋を入れてもらいました。
色彩もとても微妙な色合い。玉川社長によると、これは「銀色」で、
銅器の表面に特殊な液を付け、その上に錫を焼き付けるという玉川堂が開発した世界無二の着色。さらに使うほどに色合いが深まり、光沢が加わるという楽しみにもあるのだそうです。
この銀色は照明によってはシャンパンゴールドにも見え、とても繊細だけれど華やかな色合いです。日本酒の味わい同様で、この器で飲むお酒はゆっくりゆっくり広がっていきます。
価格は片口@48,000円、盃@20,000円(共に税別)と高級品ですが、長く使って頂ける器になりました。

実は先般、とあるイベントで試作品段階の器を使ってお客様に「真野鶴・万穂」を楽しんで頂いたのですが、大好評でした。
完成品は今のところ飾ってうっとりと眺めているだけなのですが、新酒の季節となりましたから、そろそろ初盃を楽しもうかと思っています。

(尾畑留美子)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「命の器」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年8月22日掲載)

 洋食器の産地として有名な燕に、二百年の伝統を持つ鎚起銅器の工房「玉川堂(ぎょくせんどう)」があります。一枚の銅を打ち起こしながら、継ぎ目のない器に仕上げるこの技は、明治の頃より国内外で高い評価を得ており、1980(昭和55)年には無形文化財に指定されました。今では国内唯一の、すなわち世界で唯一の匠の技を継承する工房として知られています。
 その玉川堂とコラボレーションで当社の大吟醸「真野鶴・万穂(まほ)」に合う酒器を創る話が持ち上がり、はじめて伺ったのは今年の7月。古い歴史を感じさせる門をくぐり工房に入ると、七代目当主の玉川基行さんが早速現場を案内してくれます。数人の職人さんが「鳥口(とりくち)」と呼ばれる独特の鉄棒を使いこなしながら黙々と銅を叩きながら成型していく様子は、まさに匠の技。さらに玉川さんはこの伝統の技に現代的なセンスと機能美を加え、国内外の幅広い顧客層に愛用させる商品を生み出しているのです。
 「試作品ができました」、との連絡に、先日、再度玉川堂に足を運びました。登場した盃は手に収まるサイズながら適度な重量感があり口触りも清涼感に溢れ、香りが穏やかにふわりと届く広がり具体がなんとも飲み手に優しい出来栄えでありました。片口も注ぎ口の水切りの良さが申し分なく、その完成度の高さには職人魂を感じるばかり。机上に並ぶ数十種の酒器で飲み比べをしながら酒が深まるにつけ、鎚起銅器の持つ特性が、素材の酒が持つ良さを十二分に引き出しています。
 「人」が「一」枚の銅を「叩」くことで「命」が生まれるーーー。
玉川さんの言葉通り命を吹き込まれた器は、時代を反映し、使い込むに従ってさらに円熟の美が醸されていきます。
 酒文化同様に、長い歴史の中で革新と進化を遂げてきた伝統の技。
《命の器》に満たす酒の味は、その歴史をまとって格別の一献となるのです。(終)

sake and gyokusendo
 
 
  2007年11月12日 (月)
お酒のバランス [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子

「良いお酒って、どれ?」と聞かれて困ることがよくあります。
価格のことを言うのか、ブランドのことを言うのか、味わいことを言うのか・・・。
そんな時、いつからか私は「バランスの良いお酒」と答えるようになりました。
私自身、大吟醸のまったりと透明感のあるお酒を少しづつ楽しみたい時もあれば、普通酒を常温ですいすいと飲みたい時、コクのあるお酒をチビリチビリと飲みたい時、などいろいろあります(結局飲むことに変わりはないですが)。
なので、個性豊かなお酒をいろいろと常備しておいて、何本か手をつけては飲み比べることも多い晩酌です。

その中で手が伸びるのが「バランス」の良い酒。やっぱり、その一本のバランスがとても大事だと思うのです。
それをその日の料理や気分、飲みたい温度によって飲み分ける。
「バランス」の良い酒がそろえば、個性も楽しめるのです。

そんな風に思っていたら、知り合いのワインの造り手に「良いワインの条件はハーモニー」と言われ、それも素敵な言葉だな、と感じました。
「バランス」と「ハーモニー」。とても大事な要素です。

私の心にその言葉をメモっていたら、今秋田で酒屋さんを営んでいる大学時代の先輩、三浦基英さんから昨日メールをもらいました。

「日本酒って音楽で言うとJazzみたいなもので、爆発的ヒットってないんだけど、いい耳(舌)を持った固定ファンが がっちりと支えてる”大人な酒”だって思ってる。
Jazzのような決まりきった型に捕らわれない懐の深さが、お酒にはあるように感じるよ。」

ご本人は”酔狂な日本酒論だね”と笑っていますですが、さすが大学時代にビッグバンドでバンドマスターをしていらした三浦さんならではのお言葉。

即興の中にあるバランス感覚や完成度の高さ、決まった答えのない遊び心とマナー。確かに日本酒はそんなジャズのような”大人な酒”かもしれません。

そして飲み手も”聞く耳(利く舌)”を鍛えると、もっと楽しくなる。
本の行間が読めるようになるように、そんな舌や感覚をもっともっと磨いていきたいと思います。

(尾畑留美子)



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「バランス」
(新潟日報夕刊「晴雨計」 2007年10月24日掲載)

 先日、あるワインの造り手が、「良いワインの条件はハーモニー」とおっしゃいました。まるで音楽を奏でるが如く、それぞれの楽器によるハーモニーの完成度の高さがそのワインの出来を左右するというお話。そういえば、カリフォルニアの有名な高級ワインの名前は、音楽用語で言う「作品番号1」という意味で、一本のワインを交響曲に例えているのだったな、と思い出しました。
 ところで、良い日本酒の条件はと聞かれたら、私は「バランス」と答えています。例えば、香りは控えめで飲み口がすっと通る酒。あるいは香り芳醇で飲み口が重厚な酒。香り、味わい、喉ごしを含めて、その一本のバランスが取れていることが「良い酒」の大事な要素だと思うのです。価格やブランドも大事なことかもしれませんが、一つ一つの酒たちが持つ固有のバランスを理解する感覚を磨くことによって、もっと日本酒の個性を楽しむことができるようになるはずです。一つ一つの音楽がそれぞれのハーモニーを持つように。
 バランスというものは人にも大切な要素で、私自身もできればバランスの良い人間でありたい、と常々思っています。ですが現実はそんなに甘くはなく、身の程を知るにつれ、わが不足ぶりを認識し、深く落ち込むばかりの日々であります。
 一方、その事実に気づけたことはとても幸運なことで、おかげで私は自分の足りないところを補ってくれる家族や仕事仲間、友人の存在に恵まれていることに感謝できます。そして、人と人が協力しあい絶妙なハーモニーを奏でる時、決して一人では生むことのできない素晴らしい「バランス」が誕生するのです。
 いよいよ酒造りの季節。蔵人たちが奏でるハーモニーが、今年はどんなバランスの酒を醸し出すのか、わが不足がちなバランス感覚に磨きをかけつつ、今から楽しみにしています。(終)

Sake and balance
 

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